イーストウッド監督×スピルバーグプロデュースによる硫黄島2部作のアメリカ目線編。戦地の英雄に祭り上げられた青年たちの苦悩を描く。戦争の悲惨さを思い知らせてくれる作品のひとつ。ストーリーは、回想形式になってるので、時間が行ったり来たりで、若干解りづらい…それにしても、アメリカも結構ギリギリだったのね…ポール・ウォーカーも出演してるけど、全然目立ってなかったなぁ~, 「硫黄島からの手紙」と同時に制作されたイーストウッド監督の渾身の力作。激戦となった戦場を舞台に、日米両国の視点で描き二部作にしたイーストウッド監督の創作エネルギーに感服する。山頂に星条旗を掲げた兵士たちに、本土に戻って国債発行のPRの為にツアーがあったことを知る面白さと、そこに戦争の虚しさを同時に感じて複雑な心境になる。残念なことは現在と過去のカットバックが説明不足な点で、容姿が似ていない配役の問題もある。特筆は、球場に作られた山頂のモニュメントで星条旗を掲げる再現イベントシーンの演出。戦闘場面は臨場感溢れ、迫真の壮絶感に包まれ圧倒された。この上で兵士一人ひとりの個性が映像上に焼き付けてあったならば、恐ろしいまでの傑作になったと思う。役者が弱い。, イーストウッドで、ストーリーの筋書きも着眼点も良いはずなのに、何かが欠けているのか、精彩にかいた印象。セットものとしては良い作品だった。, 改憲論者は、硫黄島での彼らの経験をする覚悟はあるのか。英雄ープロパガンダ・資金集めのために演出され、作り上げられるもの。そんなスローガン・偶像を必要とする人々。アイドル。他者と同一感を得られる存在。熱狂的な高揚感。 やがては脱価値され、忘れられる存在。そんな運命に翻弄される男たち。トラウマの残酷さを際立たせている。 しかも、周りは無邪気にフラッシュバックを誘発する状況を作り出す。 戦場での役割の違い。生き残ってしまったことへの意味付け。支えてくれる人の存在。 自分がやってきたことが全否定されたら、自分から新しいものを見つけて「過去は過ち」というのならいいけど、自分を支える何かがないのに経験を否定されることは魂の殺人だ。だから、「戦争が悪」とかのベクトルだけで語ることはできなくなる。 それ以外にもこの戦争に直接関わった人々の悲劇がさりげなくまんべんなくちりばめられている。今トラウマを抱えている人々が経験している物語。かっての戦争の話であると同時に、今の私達の物語だと思った。, 硫黄島の激戦は日本軍の地下壕を巧みに張り巡らせた捨て身のゲリラ戦により海兵隊史上最悪の戦傷者を出した。制圧の証の星条旗を掲げた兵の戦場写真(AP通信)が新聞紙面を飾ると国内の士気が高まったことから政府は当該兵士を召喚し軍費調達の為の広告塔に利用することにする。実際には何度か星条旗は深夜日本兵により日の丸に替えられ、その都度揚げなおされたようだ。当事者にしてみれば壮絶な戦いで多くの戦友を目前で失った記憶や真の掲揚者ではないにもかかわらず本国に召喚され英雄と持ち上げられるギャップに心中穏やかでないのは察しられる。なにか「プライベート・ライアン」に通じる戦争の恣意的な側面を垣間見たような実話に基づく映画であった。, 戦地の悲惨さと、アメリカ本土の空気がよく伝わってきた。利用される兵士達インディアンへの差別意識戦後PTSDとフラッシュバックメディアの使われ方ナショナリズム戦争そのものよりも、戦時のアメリカという国そのものを描こうとしたと感じた。, 本作は2006年公開だから、硫黄島の戦いから60年以上経過し、このみ戦いに参加した兵士は当時20歳とするなら80歳を超え始めたということ彼らが死んでしまえばその戦いの記憶は、写真などしか残らないつまり虚像だけが残されるのだそれが何を意味するのかを本作は訴えているアメリカは第二次世界大戦から、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラン戦争、そして現在は対テロ戦争を戦っているベトナム戦争はメディアがより戦場に入って実像を伝え、戦後には地獄の黙示録を初め多くの映画がその実像に迫ったでは、それ以降の戦争の実像に映画は迫っているのか、実像を伝えているのか?を本作は問うている現代の戦争は無人機が米国本土の基地にいながらにして衛星通信の遠隔操縦、はてはAIで敵を攻撃しているそこに戦争の実像と虚像のギャップはあるのか?さらに大きくなっているのではないのだろうか?このような問題を本作を観た若い者にクリントイーストウッド監督は君達の仕事だと問うているのだだからこそ、戦場のシーンは実際と見がまう程の迫真の出来映えだ砲弾の炸裂音は実戦を経験した兵士は打ち上げ花火にとても似ているとよくいうそれを上手く映画に取り入れて効果を上げている 字幕でニューヨークでの式典のシーンでUnited Nationを国連とでるのはいただけないこれは当然「連合国」の間違いこのような大作の字幕で恥ずかしすぎるミスだ日本語字幕製作陣は猛省してほしい, 英雄としてあがめられるが、それは国の道具として扱われただけ。引き込まれる要素がいっぱいあったけど、自分はなんかパッとしなかった。すごく時間が長く感じました。, 想像を絶するような戦いだったんですね、硫黄島。教科書等で習いはしましたが、この映画見た方がよく分かるかもしれない。必死だったんですね、アメリカも日本も。グロい描写がそこそこあるので苦手な方は要注意。物語は戦争そのもの以外で翻弄される兵士たちを描く。実話に基づいているようだ。こんな悲惨なこともあるんだ、戦争ってやつは… この作品、個人的に馴染みの俳優がおらず、正直誰もが薄い印象。序盤は誰が誰か分からず、ようやく分かりかけた時には、もうストーリーが相当進展してしまってた感じ。一番分かりやすい先住民は差別受けまくり。ここにもアメリカの闇が垣間見える。いろいろと考えさせられる見て損のない作品。さすがはイーストウッドってとこか。, どこから来るともしれない銃弾や白兵戦を挑んでくる敵兵によってあっけなく惨たらしい死が訪れる戦場と、 日常が繰り返される米国本土との間で映画は揺れ動く。そのどちらも3人の兵士には過酷だった。戦時国債を売る広告塔として強いられる虚偽に精神がむしばまれていく姿は、特にアイラの描写で胸が痛む。アルコールへの耽溺、容赦なく浴びせられる差別的言辞などは目をそむけたくなるほどだった。その後の3人の結末はそれぞれであるが、ひたすら物悲しい。浜辺のシーンはせめてもの救いのように見えるが、その後に続く写真は現実とのつながりを再確認するもので、心に重いものを残す。戦時国債の話で意外だったのは、物量豊富な米国はその引き換えに財政がひっ迫していたということ。第二次大戦時に財政赤字は対GDPで30%にも達していた。なんとなく財政的にも余裕があったというような印象があったが実際はそうではなく、本作品の物語の背景をなしている。なお、二回目の写真に写っていたのは”ドク”ではなく別の兵士であったと2016年には公式に訂正されている。そのことを踏まえるとより”ドク”の心中がより慮られるのである。, この作品は、アカデミー賞を受賞したイーストウッド監督による戦争映画の名作。二部作である。アメリカ側の立場から本作品。日本側の立場から「硫黄島からの手紙」がある。まるでノルマンディ上陸作戦を思わせる硫黄島への上陸作戦。水陸両用車から次々とアメリカ兵士が上陸して、トーチカで待ち伏せする日本兵と激しい戦闘をする。余りにも過酷な戦闘シーン・・太平洋戦争がいかに残虐であったか!?そして硫黄島の摺鉢山に征服の証のアメリカ星条旗を兵士たちが立てる。ネタバレになるので後は・・戦後60年のアメリカ映画。明るい作品ではないが、2006年の戦争について深く考えさせられる作品。週刊文春「シネマチャート」洋画87位。, 日本人とアメリカ人では全く戦争に対する捉え方が違う。優勢、劣勢もあるとは思うがアメリカでは戦争はビジネスとしての意味合いが強いのだと思う。硫黄島での星条旗を掲げた有名な写真が実はあの旗は2本目であるとか、戦いが終結してからたてたものではないとか、本当はこの人は写真に写ってないとかどうでも良いことの方に戦死者のことよりも関心がいってしまうアメリカ人の感性に疑問を感じた。いくら身内が死のうと、これまでの幾多の戦争でどれだけ犠牲になった兵がいようと、アメリカンスナイパーで取り上げられたように戦争が終わって帰国後にPDSDに悩まされ自殺する人がたくさんいる現実があっても戦争を支持し続けるアメリカはなんて非情な国なんだろう。戦争は優勢な立場にいて勝つことができれば経済的に凄く良い。アメリカは戦争をしたら自分達が優勢にたてるという確信から戦争に介入し続けてきている。無実の同国の人間を殺したら、犯罪者。無実の敵国の人を殺したら、英雄。アメリカ人がその矛盾に気づく日は来るのだろうか。「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」の両作品を観て戦争を肯定することができなくなった。, クリント・イーストウッドの監督による戦争映画。硫黄島の戦いをアメリカ側の立場から作品にしたもの。日本側の立場からは渡辺謙が主演した「硫黄島からの手紙」がある。太平洋戦争末期に水陸両用車からアメリカ軍の兵士が硫黄島に上陸し、洞穴から死守する日本軍と戦闘する。その戦闘シーンは凄まじい・・結局、アメリカ軍が占領して硫黄島の摺鉢山の頂上に星条旗を立てた。アメリカ合衆国では戦時国債の販売キャンペーンを星条旗を立てた兵士を国民的英雄にして行った。その為の銅像も出来て、国債ツアーを各地でする。だが、その兵士らのその後の人生は・・戦争の悲惨さを物語にしている。2006年公開のアメリカ戦争映画の名作。, クリント・イーストウッド監督の作品にはいつも考えさられる。硫黄島からの手紙に続き、同じ戦争なのに全く異なる作品になっていて驚きました。, 総合:70点 ( ストーリー:65点|キャスト:70点|演出:75点|ビジュアル:80点|音楽:65点 ) 思いっきり戦争の話かと思いきや、突然本国で国家の宣伝に利用される兵士の話になってしまう。この茶番劇が薄っぺらで、いやそれは映画のことではなくて国家が演じる茶番劇が薄っぺらで、観ていてくだらないと思って途中で退屈もあった。作品の質が低いわけではないけれど、戦争そのものを正面から描いた『硫黄島からの手紙』のほうがわかりやすいが、こちらは主題が地味で観ていて楽しくない。戦闘場面の描写がなかなかの迫力だったので、その対比としての茶番劇が余計につまらない。 でもそのうちそのような場面を乗り越えて、戦争だけでなく国家に利用されて人生を翻弄された兵士の心の傷が分り始めた。激戦で有名な硫黄島占領作戦は、あの場所に兵士達が星条旗を立てたから勝利を掴んだのではなく、全員が総力戦で戦った勝利の結果として星条旗を立てたのである。日本軍を制圧し、たまたまそこにいた兵士が旗を立てた。現場の兵士からすれば、その部分だけを取り上げられてもそれは真実からは程遠い。戦争の現場で戦う自分と、国民の戦意高揚と国債販売のために都合よく英雄扱いされる自分との差に、苛立ち苦悩する兵士の葛藤する姿と虚しさに余韻が残る。, 戦争は古より政治家が始め、若者が死ぬ。生き残った若者ですら、政治が社会的に殺す。プロパガンダで国威発揚を図るのが常のアメリカ。, 戦争アクションとしては中々見応えがある。が、それだけ。真面目な戦争映画としてはズレていると感じた。この映画は、硫黄島の戦いにおいて、たまたまアメリカ国旗を掲げたに過ぎない者が、本国で英雄視され、政治宣伝に利用されたことによる葛藤を描いている。彼らの葛藤の根本は「自分は英雄ではなく、真の英雄は他にいるのに…(世間はそこをわかってくれない)」ということであるらしく、映画の描写の大半はそこに割かれる。しかし、その葛藤自体、見誤ってはいないか。なぜなら、世間は、彼らに特別な能力や功績がないことは知っているのだから。つまり世間も、彼らが真の英雄ではないことはわかったうえで、彼らを戦争のシンボルとして祭り上げたにすぎない。彼らに、兵役で死んだ自分の息子やらを重ねただけである。にもかかわらず、「大衆には偽者と真の英雄の違いもわからない」ことを前提にプロパガンダを描くのは、大衆を馬鹿にしている。そして、そもそもこの葛藤自体が幼稚ではなかろうか。個人の能力とは関係ないところで脚光を浴びることは、長い人生の中では割とあること。重要なのは、そこで実力のなさや、本来脚光を浴びるべき他人を慮って苦悩することではなく、そういうものと割り切ったうえで、自分やその他人のためにどう行動するか、だろう。この映画は、彼らを政治に振り回された被害者であるかのように描いているが、個人的には、彼らは折角の機会を生かせずに勝手に自滅しただけで、自業自得だと感じた。「利用されたこと」で彼らが失うものはなかったし、利用自体の強制力もそこまでなかったのだから、一種の偶像として祭り上げられていることは自覚して開き直ったうえで、いまのうちだけと思って、戦友のために活動するなり、権力者のオファーに乗るべきだった。この映画の描き方では、そういう感想をもたざるを得ない。, クリント・イーストウッドは本当に良い映画をとる。事実と真摯に向き合いながら良い映画を撮ることは難しい。映画は娯楽だから仕方ないと言い訳をする監督には耳の痛い作品になっている。, ‘星条旗の下に結集せよ’移民の国、人種の坩堝のアメリカでは全員が結集して「自分はアメリカ人ある」事を強く意識し、確認する“モノ”が重宝される。一番解りやすいのは視覚・聴覚で訴えてくるモノで、音楽なら。お馴染みの国歌「Star Spangled Banner」を始め、「God Bless America」「America The Beautiful」「National Emblem March」「Strike Up The Band」「Stars And Stripes」それにジョージ・M・コーハンの数多くのヒット曲等々。これらの曲を聴く度に思い出すある有名な一枚の写真。視覚で訴えるのにこれ以上に効果的な‘モノ’は無い。クリント・イーストウッドは“国家に振り回された”男達に哀惜の念を寄せながら“国家に利用された”事実を静かに訴える。徹底的にリアルにこだわった戦闘場面を始めとして、あの戦争の不条理さを明らかにした上で如何にして“英雄”は作り上げられていくのか…。アメリカの恥部を暴いているだけにアカデミー賞を始めとする賞レースからは冷遇されるであろうと思われるが、※1 ‘国家の為では無く、友と共に生き抜こう’とした若者たちのドラマを、イーストウッドは自分で音楽も作り彼らの魂の浄化をしょうとしている様に思え、実に感動的でした。※1 結果はご存知の通り(2006年11月20日丸の内プラゼール), 見どころ解説・レビュー 実話から着想を得た感動サクセスストーリー! 中条あやみの熱演光る!, 【2週間無料トライアル】メジャーからZ級まで世界中のホラー映画・ドラマが《見放題》, 「鬼滅の刃」興行収入200億円突破! 歴代興収ランキング5位に2020年11月9日 12:12, 北川景子主演「ファーストラヴ」本予告完成 Uruが主題歌に書き下ろし曲、挿入歌に新曲を提供2020年11月9日 05:00, 永瀬正敏、「Malu 夢路」での謎の男役は「でき上がって初めて知った」2020年11月9日 12:00, 庵野秀明初監督OVA「トップをねらえ!」全6話を劇場上映 来場者特典は生コマフィルム2020年11月9日 08:00, 柳楽優弥、北斎が「鬼滅の刃」に与えた影響に驚き 田中泯は「北斎に喜んでほしい」と願いこめる2020年11月9日 18:20, 【国内映画ランキング】「鬼滅の刃」3週目で歴代興収ランクTOP10入り、2位「罪の声」は好スタート2020年11月3日 11:00, 【コラム/細野真宏の試写室日記】劇場版「鬼滅の刃」興行収入200億円突破はいつ? 「千と千尋の神隠し」超えの可能性は?2020年11月5日 17:00, ショーン・コネリーさん死去 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All Rights Reserved. 父親たちの星条旗【Blu-ray】 [ ライアン・フィリップ ] 価格:1500円(税込、送料無料) (2018/4/30時点) 史劇 , 実話ベース , 戦争 All rights reserved. クリント・イーストウッド監督の2006年最 新作「 父親たちの星条旗 」(原題:flags of our fathers)を観た。 もっとストレートに言えば、どうしてもこの映画を観なければと、映画館に駆け付けたというのがほんとうのところだ。 その理由は、大きく言って三つあった。 /. 完全な実話ではなく、実話をもとにつくられた映画です。 この映画の原作はノンフィクション作品である「硫黄島の星条旗(Flags of Our Fathers)」です。『父親たちの星条旗』はこれをもとに作られており … あらすじ: キャンペーンに参加した3人のうちのひとり、今では葬儀屋を営む年老いたジョン・“ドク”・ブラッドリーが突然倒れ病床で「あいつは何処だ! 世界史・日本史の隠れた巨人たちを鮮やかに蘇らせる!歴史小説家 三浦伸昭公式ホームページ, 制作;  アメリカ 制作年度;2006年 監督;  クリント・イーストウッド   (1)あらすじ  1945年2~3月の硫黄島の戦いは、太平洋戦争で最大の激戦となった。そして、6名の海兵隊員がこの島の戦略拠点・摺鉢山の山頂に星条旗を立てる1枚の写真は、第二次世界大戦で最も有名なものとなった。  第7次戦時国債の不人気に頭を悩ますアメリカ財務省は、この1枚の写真を利用して国民の愛国心を喚起しようと考え、写真に写っていた6名の海兵隊員を母国に召還する。しかし、摺鉢山占領後の激闘で既に3名が戦死していたので、生き残った3名であるジェイムズ・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)とアイラ・ヘイズ(アダム・ビーチ)、そしてレイニー・ギャグノン(ジェシー・ブラッドフォード)が、国債募集の全国行脚に狩り出されることになった。  ところが、有名な写真に写る星条旗は、実は、激戦の最中に立てられたものではなかった。最初に立てられた旗が降ろされた後に、安全な状況の中で立てられた代用品に過ぎなかったのだ。また、政府が認定した3名の戦死者の中に人違いがあった。  生き残った3人は、こういった事実を糾そうとするのだが、政府のポピュリズム的な国策によって情報は大きく歪められてしまう。そして、彼らは国民によって「英雄」と呼ばれるようになった。3人は、戦争後遺症と周囲の異常な環境によって人生を狂わされてしまう。  歳月は流れ、老いたブラッドリーは臨終の床で息子に語る。「戦争には、本当の英雄など存在しない」のだと。  (2)解説  クリント・イーストウッド監督の「硫黄島2部作」の巻頭を飾る巨編である。この2部作は、それぞれアメリカ側と日本側の双方の視点から一つの戦場を撮るという点で画期的なのだが、2作とも異なる文芸的テーマを持っている点でも特色がある。  『父親たちの星条旗』は、同名の原作を映像化したものである。原作者はジェイムズ・ブラッドリーの息子。そしてこの著作は、著者である息子の視点から、父の世代の戦争の実相を究明していくドキュメンタリーであった。そこに見られるのは、息子から父の世代へと捧げられる感謝と尊敬の念である。そのため、この著作は世界中の誰もが共感できる普遍性を持っていた。  イーストウッド監督による映像化は、著作の物語を忠実になぞっている。スピルバーグ(製作)らが長年の労苦の末に培った硬質な戦場風景や音響効果も、息を呑むほどに素晴らしい。しかしながら、「映画」が持つ固有の限界(時間枠など)に大きく左右されているため、原作を大幅に矮小化する内容になってしまったことは否めない。  イーストウッド監督は、「親子二世代のドラマ」より、むしろ「アメリカ政府の冷厳な政治哲学と、個々の平凡な兵士の生々しい運命とを対比すること」を映画の主題にしている。これは、単純なアメリカ政府批判ではなくて、「政治」そのものへの批判である。そして、これはもちろん「戦争批判」にも繋がるのだ。その意味では、とても真面目で良質な映画だと感じた。  しかし、原作本の最大のテーマである「世代間の相克」や「子の視点からの親の世代に対する尊敬」が、映像の中でほとんど出て来ない。私は、原作を読んでこういった点に非常に深く感動した人なので、映画を観て物足りなく感じた。中途半端に描くくらいだったら「老いたブラッドリーと息子の物語」を映画から排除して、1945年前後のストーリーに特化すれば良かったのに。  また、この映画は過去と未来を次々に切り替える手法で物語を語るのだが、説明が足りないために、画面で今何が語られているのか分かりづらい時がある。映画は、基本的に3つの時間軸から構成されている。すなわち、硫黄島の戦場(1945年2~3月)、銃後の国債公募ツアー(1945年4月ごろ)、老いたブラッドリーとその息子(1990年代)の3つである。これらが順不同で次々に切り替わるので、物語を理解するのがたいへんである。私は事前に原作を読んでいたので大丈夫だったのだが、そうじゃない人は 、いきなり冒頭から何が何だか分からなくなったのではないだろうか?  スター俳優を排除したリアリズムが、個々の登場人物の印象を薄くしたのも問題であった。主役の3人はともかく、残りの兵士については顔の区別がつかず、誰が誰やら最後まで把握出来なかった観客が多かったのではないだろうか? 実を言うと、そういう私も、2回目の観賞でようやく個々の人物が区別できるようになったのである(笑)。  「残りの兵士」の中で、最も重要な原作上の人物は、チェコ移民のマイク・ストランク曹長である。彼は、兵士たちの精神的支柱となった尊敬に値する人物であり、本物の「英雄」だったのだが、硫黄島の戦いの最終段階で戦死してしまう。生き残った3名は、本当の英雄がマイクであることを知っていて、彼を失った悲しみを忘れ難いからこそ、アメリカ政府の冷酷さとご都合主義に苛立つのである。映画では、インディアン出身の激情家アイラを前面に出して、こういった状況をエモーショナルに語っているのではあるが、肝心のマイクに関する描写が少ないために、マイクそのものの魅力がまったく伝わって来ない。マイクを演じたバリー・ ペッパーもミス・キャストだったと思う。そういうわけで、原作を未読の人は、アイラたちの激情やストレスの理由がピンと来なかったのではないだろうか?  このように、『父親たちの星条旗』は全体として舌足らずで中途半端なところが多い。わずか2時間台の映画の中で、あの雄大な原作の全てを描こうとしたことに問題があったのだろう。  もっとも、原作自体が、イーストウッド監督の持ち味が十分に出せるようなストーリーでは無かったように思われる。自分の殻を壊して新しいことに挑戦し続けるイーストウッドの闘志は、尊敬に値する。しかしこういった冒険は、しばしば失敗も生むのである(私は、たとえば 『スペース・カウボウイ』は失敗作だったと感じている)。  むしろ『硫黄島からの手紙』の方が、日本人キャストによる日本側の物語でありながら、はるかに「イーストウッドの持ち味」が出ていたのが興味深い。. 「写真家は略奪もすれば保存もする。また告発もすれば神聖化もする」と言ったのは、スーザン・ソンタグでした。太平洋戦争時、硫黄島で撮られた一枚の写真が、硫黄島の死闘を「神聖化」し、海兵隊の3人の兵士たちを「英雄」にします。これは実話に基づいてその顛末を描いた映画です。 硫黄島に上陸した米軍は、壮絶な戦闘が続くなか、摺鉢山の頂上に星条旗を立てます。上陸地点を見下ろすその位置に掲げられた星条旗は、米軍兵士たちを鼓舞し士気を高めました。それを見た海軍長官は、記念にあの旗が欲しい、と言い出します。伝令係のレイニー・ギャグノン(ジェシー・ブラッドフォード)が代わりに掲げる旗を持って頂上に赴きます。電話線を引くために作業していた海兵隊兵士アイラ・ヘイズ(アダム・ビーチ)ら4人に衛生兵ドク・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)、旗を持って行ったレイニーの6人が星条旗を再び摺鉢山に掲げます。その瞬間を撮った写真が全米のメディアを賑わし、厭戦気分に冒されつつあった国民にも希望を与えたのです。6人のうち生き残ったレイニー、アイラ、ドクの3人は米国本土に戻されて「英雄」に祭り上げられ、戦時国債キャンペーンに駆り出されます……。 この作品に描き出される若者3人は、戦争に翻弄され、政治に翻弄され、メディアに翻弄されます。もっと端的にいえば「国家」に翻弄される脆弱な「国民」の姿を示します。それはマックス・ウェーバーの「国家とは、ある一定の領域の内部で、正当な物理的暴力行使の独占を要求する人間共同体である」という警句そのままです。か弱き国民は、国家同士の暴力の応酬、すなわち「戦争」に巻き込まれ、生還してなお国家のソフトな暴力の行使としての「陰謀」に加担させられる。私たちは、さしあたって嘆息とともに呟くしかありません。国家の前では、国民とは一つの駒にしか過ぎないのか、と。しかし、勝ち戦もまた癒されることのないトラウマや傷を若者たちに刻みつけるのだというメッセージは、必ずしも私たちに絶望感のみを与えるわけではないでしょう。 戦闘シーンが、凄まじい。米兵が銃弾に倒れ、倒れた兵士の亡骸が波打ち際に漂う様は、戦争の非情を伝えます。日本兵は、明瞭な姿を伴って米兵の前に現れることはなく、ただただ目に見えぬ敵として「恐怖」の存在として表現されます。 また、英雄に祭り上げられた三者三様の処世が丹念に描き分けられているのも要注目です。とりわけネイティブ・アメリカンのアイラへの差別的なエピソードを随所に配している点が本作を重層的なものにしています。 ドク・ブラッドリーが年老いて、病に倒れるシーンが冒頭におかれ、その息子が関係者に話を聞いていく、というフレームで話は進んでいくのですが、フラッシュバックによって時制が行きつ戻りつする手の込んだ構成が、本作を一層彫りの深いものにしていると思います。登場人物たちの苦難や葛藤が、時を超えて、生涯をとおして抱え込まれていたものであることを強く訴えかけてくるのです。 ラストシーンでは、摺鉢山にはためく星条旗が映し出されます。それは、幾多のシーンを見せられたあとでは、米国の栄光と誇りの象徴という単純な意味には収束できないものでしょう。その旗は、米国の、いや、国家というものが宿命的に背負わねばならない暴力性や老獪さをも同時に表象するものではないでしょうか。米国の資本で作られた映画において、かくも多義的な意味内容が込められて映し出された星条旗は、かつてなかったと思います。, 本作は、日本の立場から撮られる『硫黄島からの手紙』とワンセットになっています。日米双方の視点から硫黄島の戦闘を描いたという「公平」ぶりが映画ファンのあいだで話題になりましたが、そのような「公平」が映画にとってさして重要とも思えません。私はこの一本だけでも充分完結した優れた作品であると考えています。いずれにせよ、この時代にこのような作品を世に送り出したクリント・イーストウッドは正真正銘の映画作家といえましょう。, *『父親たちの星条旗』監督:クリント・イーストウッド出演:ライアン・フィリップ、ジェシー・ブラッドフォード映画公開:2006年10月(日本公開:2006年10月)DVD販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ, ZAQブログ『コラムニスト宣言』に発表した映画レビュー記事がベース。ZAQ-BLOGariのサービス停止に伴い、記事に加筆修正をほどこしたうえでこちらに移行しました。DVD化されている作品に関するテキストを収録しています。封切り作品に関するレビューも随時加えていきます。, コラムニスト、ライター。大阪府岸和田市在住。時事問題全般、メディア論、書籍、映画・アートetc. 著書:『一目でわかる学校系列と教育業地図』『一目でわかる商品・ブランド地図』(日本実業出版社)、『東西学』(経営書院)、『大阪的基準』(東洋経済新報社)など。. 『父親たちの星条旗』は、同名の原作を映像化したものである。原作者はジェイムズ・ブラッドリーの息子。そしてこの著作は、著者である息子の視点から、父の世代の戦争の実相を究明していくドキュメンタリーであった。 これは実話に基づいてその顛末を描いた映画です。 硫黄島に上陸した米軍は、壮絶な戦闘が続くなか、摺鉢山の頂上に星条旗を立てます。上陸地点を見下ろすその位置に掲げられた星条旗は、米軍兵士たちを鼓舞し士気を高めました。 Copyright© 2013 Nobuaki Miura. 父親たちの星条旗の映画レビュー・感想・評価一覧。映画レビュー全32件。評価3.3。みんなの映画を見た感想・評価を投稿。 彼が語り始めたのは硫黄島の星条旗の写真に関することでした。 1945年2月 海兵隊の「ドク」ジョン・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)はキャンプで登山や上陸訓練を受けた後、1万2千の日本兵が守備している硫黄島に配属される事になりました。